秘湯の旅日記(56)中棚温泉・天狗温泉(長野県) |
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*2004年4月24日(土) 軽井沢→御代田町→中棚温泉→天狗温泉 ・旧姫街道で和美峠を越えて信州へ 7時過ぎに出立して、関越自動車道から上信自動車道へと乗り継いだのだが、ほとんど渋滞もなくすいすい走って、8時半前には下仁田インターで下りることが出来た。その後、上信電鉄の終点下仁田駅に立ち寄ってみたら、ちょうど、250形電車が入ってきたので、カメラのシャッターを切った。また、側線にはカラフルに広告塗装された250形も留置されていた。駅舎もレトロな感じがあって、懐かしい雰囲気の漂う駅なのだ。写真撮影後は、旧姫街道で和美峠を越えて、軽井沢へと入って行った。 ・軽井沢を見学する まず、旧軽井沢にある「旧三笠ホテル」を見学したのだが、ここは国の重要文化財にも指定されている明治時代建築のホテルで、みごとな建物で見応えがあった。その後は、軽井沢駅まで戻って、「旧軽井沢駅舎記念館」にも立ち寄ったのだが、昔の碓氷峠越えのアプト式鉄道と草軽電鉄の展示がしてあってとても興味深かく、いくつかの車両の実物展示をカメラに収めた。その後も、「軽井沢歴史民俗資料館」と「市村記念館」を見学し、「オリンピック記念館」にも立ち寄ったのだ。 ・追分け宿を散策 5館見たところで、昼になったので、蕎麦を食べることにした。軽井沢には何度も来たことがあるのだが、国道18号線沿いの「追分茶屋」で食べることが多い。結構美味しい蕎麦を食べさせてくれるのだが、ちょっと値段が高いかな...。天せいろ蕎麦で1,650円もした。
・御代田町をめぐる それからは、国道18号線を西へ走って、御代田町に入り、「浅間縄文ミュージアム」を見学したが、特別展示室に国の重要文化財に指定されている“焼町土器”100点が展示されていて、なかなか見応えがあった。古代縄文人の造形した土器はほんとうに美しいのだ!見学後、その隣にあるメルシャン軽井沢蒸留所も見せてもらった。午後3時から工場を案内してくれるとのことで、ちょっと待ち時間があったので、ついでに「メルシャン軽井沢美術館」ものぞいてみた。ちょうど、ロジェ・ソンヴイルの展覧会をやっていた。ここの工場では、ウィスキーの蒸留をしていて、案内嬢がいろいろと説明をしながら、見学させてくれ、ワインの試飲もさせてもらって、満足!満足!
その後は、少し見学疲れしたので、小諸まで行って、中棚温泉で一浴して休憩することにした。ここは、小諸城跡から下った、千曲川を見下ろす丘の中腹にあり、1898年(明治31)創業の「中棚荘」だけの1軒宿の温泉だ。そして、島崎藤村ゆかりの温泉として、広く知られていて、以前から行ってみたかったところだったのだ。藤村は、1899年(明治32)4月、旧師木村熊二の招きで小諸義塾に赴任し、英語・国語教師として、1905年(明治38)3月に退職するまで、6年間この地で過ごした。その間、たびたびこの中棚温泉を訪れている。その時の様子が、随筆『千曲川のスケッチ』の中の「中棚」に描かれていることで知られている。また、『千曲川旅情の詩』の一節「千曲川いざよう波の 岸近き宿にのぼりて 濁り酒濁れる飲みて……」の岸近き宿は、この「中棚荘」を詠ったものと言われているのだ。現在でも、大正時代の客室が現存し、昔ながらの湯宿の情景を思い起こさせてくれる。尚、当初は温度の低い鉱泉だったが、近年600m掘削して、新源泉の湧出に成功し、露天風呂も造られている。10月〜4月は、内湯にリンゴが浮かべられ、「初恋リンゴ風呂」として親しまれているのだ。ぷかぷかと浮かぶたくさんのリンゴからは、とてもいい香りが漂っていたし、露天風呂からは、千曲川や北アルプスまで眺望でき、とても気分良く入浴できる温泉だ。
★中棚温泉「中棚荘」に入浴する。<入浴料 1,000円>
その後は、今日の宿泊地、浅間山中腹1,400mの高所にある一軒宿、天狗温泉「浅間山荘」へと向かったのだが、途中からはダートの山道となった。ガードレールもないし、曲がりくねっていて、勾配もきつく、しかも、谷底は深くて、ハンドルを切り間違えれば、千尋の谷へ転落する恐怖が4kmも続いたのだ。だから、宿の建物が見えてきてホッと胸をなで下ろした。部屋に荷物を置くとすぐに浴室へと向かったのだが、ここの温泉は聞き及んでいたとおり、オレンジ色をしていて、驚かされる。鉄冷鉱泉の沸かし湯だが、窓の外の景色も良く、とても気持ちよく入浴できた。浴後、ほどなくして夕食となったが、山菜や茸などの山の幸がたくさん出てきて、美味しく飲みかつ食べられて良かった。後は、部屋に戻って、阪神対巨人戦のナイターを見たのだが、阪神も勝って、気分良く床に就くことが出来た。
★天狗温泉「浅間山荘」に宿泊する<1泊2食付 10,125円(込込)>
*2004年4月25日(日) 海野宿→国分寺史跡公園→上田交通→帰途へ ・朝の散歩へ出かける 翌朝は、7時頃に起き出し、少し浅間山登山道を散策したのだが、霜も降りていて、とても寒かったのだ。まだ、標高の高いところでは、花々も咲いていなくって、ようやく木々も少し芽が出始めたというところだ。でも、鳥のさえずりがとても心地よく、春の来るのを待っているかのように聞こえた。寒いし、花も咲いていないので、45分ほどの散策にとどめて、戻ってきて、すぐに朝食にした。
・北国街道海野宿へ立ち寄る 食後、9時頃に宿を立って、下界へと下りてきたのだが、標高が下がるに従って、下の方はすばらしい花盛りで、春真っ盛りなのだ。ほんとうに、標高差による季節変動を感じさせられた。その後、車を西に向けて、まず旧北国街道海野宿へと至ったのだが、ここは、昔の宿場町が保存されていて、それは、みごとな家並みで、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されているのだ。道の真ん中に川が流れていて、風情を添えている。天気も良かったので、ぶらぶらと歩きながら、何枚も写真を撮ったり、資料館を見学したりした。
・国分寺史跡公園を見学 見学後は、さらに西に向かい、次に国分寺史跡公園にも立ち寄った。「信濃国分寺資料館」を見学してから、公園内の写真を撮りながら散策したのだが、とてもいい陽気で、昔の大伽藍跡が、栄枯盛衰を感じさせてくれる。しかし、奈良時代にかくも壮大な寺院を造ったものだ。一般の人々は縦穴住居で貧しい生活を送っていたというのに...。そんなことを考えながら、巡ったら、とても興味深かったのだ。
・上田交通別所線の写真を撮る それからは、上田交通別所線の写真を撮りにまず上田駅に立ち寄った。別所線の起点となる駅で、長野新幹線やしなの鉄道との接続駅ともなっている。この駅は、1998年3月より高架駅となったそうで、改札口とホームは階段を登った上にあった。行ったときにはホームに列車はなく、まず入口と改札をカメラに収めておいた。その後は、上田交通別所線に沿って走りながら、電車の写真を撮っていった。ほんとうに、地方のローカル線なのだが、それが風情があって好きなのだ。ちょうど赤坂上駅に上田駅行きの7200系(7554+7254)が入ってきたので、急いで車を停め、ホームに駆け上がって撮影した。無人駅なのだが、結構乗客もいて、自動券売機が設置されていた。
・帰途に着く 写真撮影後は、早めに帰途に着くことにした。前回の旅の時は、高速道路の渋滞でひどい目にあったので...。2時には、東部湯の丸インターから上信自動車道に乗り、一気に埼玉まで戻ってきた。その甲斐あってか、帰路もたいした渋滞にも引っかからずに戻ってこられて助かった。 |
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