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旅と文学
文学の旅(16) 「潮騒」三島由紀夫著

歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。歌島に眺めのもっとも美しい場所が二つある。一つは島の頂きちかく、北西にむかって建てられた八代神社である。

三島由紀夫の人と作品 『潮騒』の旅 『潮騒』関係地マップ 『潮騒』を巡る旅七題 関連リンク集

☆三島由紀夫の人と作品

 三島由紀夫は、本名を平岡公威といい、1925年(大正14)に東京市四谷区(現在の東京都新宿区)に生まれ、学習院から東京大学法学部に学びました。戦後の日本文学界を代表する作家の一人であると同時に、日本語の枠を超え、海外においても広く認められた作家でした。代表作は小説では、『仮面の告白』『潮騒』『金閣寺』『鏡子の家』『憂国』『豊饒の海』など、戯曲では、『鹿鳴館』『近代能楽集』『サド侯爵夫人』などがありますが、1970年(昭和45)に45歳で自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込んで割腹自殺しています。

☆『潮騒』の旅

 『潮騒』は、1954年(昭和29)に刊行された、三島由紀夫の10作目の長編小説で、三島の代表作の一つです。三重県鳥羽市に属する歌島(現在の神島の古名)を舞台にして、純粋な若い恋人同士の新治(漁師)と初江(海女)が、多くの障害や困難を乗り越えながら、その恋を成就するまでを描いた純愛小説です。この神島は伊勢湾の入口に浮かぶ、周囲約4km、人口500人余の小さな離島で、標高170mの灯明(とうめ)山を中心として全体が山地状で、集落は季節風を避けるように北側斜面に集まっています。とても風光明媚なところで、小説『潮騒』のモデルになったことで、有名になり、何度も映画化されました。

☆『潮騒』関係地マップ

 

『潮騒』を巡る旅八題

 私は、今までに『潮騒』の関係地を訪ねる旅に出ていますが、その中で心に残った所を8つ紹介します。

(1) 洗濯場<三重県鳥羽市>
 神島のような離島の生活の中では、生活用水の確保が重要な問題でした。昔は、貴重な水資源を守るために洗濯は、島の中央部を流れる川の水を使用していたとのことです。小説「潮騒」の中では、以前の洗濯場の様子が、生活の中の風景として描かれていて、島の女たちの井戸端会議の場所となっていました。

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 見ると道ぞいの小川のほとりで、六七人の簡単服の女たちが選択をしているのである。旧盆のあとはたまさかの荒布採りに出るくらいで、閑になった海女たちは、そうして溜った汚れものの選択に精を出し、なかに新治の母親の顔も見えた。誰もほとんどシャボンを使わず、平たい石の上に布を伸べて両足で踏んでいた。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
洗濯場 洗濯場の周辺


(2) 八代神社<三重県鳥羽市>
 集落の東側にある八代神社へは、真っ直ぐ伸びた214段もの階段を登らなくてはならず、閉口しました。ここで、元旦の夜明けにゲーター祭りと呼ばれる奇祭が行われるといいます。夜明け前にグミの木で太陽をかたどった直径2m程のアワと呼ばれる白い輪を島中の男たちが竹で刺し上げ、落とす神事で、県指定無形民俗文化財になっていると聞きました。小説「潮騒」の中では、新治が村の平穏と美しい花嫁を授かるように祈った場所として、また、初江が新治の航海の無事を祈った場所として描かれています。

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 松の間をとおって、質素な社に詣でる。若者は自分の柏手が、高く力強く鳴りわたるのを誇らしく感じた。そこでもう一度手を拍った。初江は項を垂れて祈っている。白地の浴衣の衿のおかげで、一そう白くみえない項も、どんな白い項よりも、新治の心を惹いたのである。
 神々はおねがいしたことを悉く叶えて下さった、と若者はまた心に幸福を呼びかえした。二人は永く祈った。そして一度も神々を疑わなかったことに、神々の加護を感じた。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
八代神社の階段 ゲーター祭りが行われる八代神社


(3) 灯台職員宿舎跡<三重県鳥羽市>
 ここも小説の中に登場し、重要な役割を果たしています。青山京子、吉永小百合、山口百恵、堀ちえみ等の主演によって、5回にわたって映画化されていますが、灯台周辺でのロケもありました。その中でも新治、初江が、灯台職員宿舎(退息所)を訪ねるシーンが印象的ですが、退息所は1995年(平成7)からの無人化に伴い撤去されていて空き地となっていました。その奥に白亜の灯台が立っていて、小説「潮騒」の案内板がありますが、そこからの眺望はすこぶるよく、小説の場面を彷彿とさせるのです。

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 燈台へ昇るコンクリートの段々の手前に、小さな畑を控えた燈台長の官舎があった。厨口の硝子戸に奥さんの影がうごいている。食事の仕度にかかっているらしい。若者はそとから声をかけた。奥さんは戸をあけた。
「おや、新治さんね」
黙ってさし出された平目をうけとると、奥さんは高い声でこう呼んだ。
「お父さん、久保さんがお魚を」
奥から燈台長の声がこう応えた。
「いつもいつもありがとう。まあ上がってゆきなさい。新治君」
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
小説「潮騒」に描かれている灯台職員宿舎跡 小説「潮騒」の案内板


(4) 神島灯台<三重県鳥羽市>
 神島灯台は、三重県志摩半島の沖、伊良湖水道に浮かぶ神島のシラヤ崎に立つ白亜の中型灯台です。周辺は、伊勢志摩国立公園に指定され、伊良湖岬・渥美半島から伊勢湾、太平洋を望む風光明媚の地です。また、「日本の灯台50選」にも選ばれています。神島の東側は「安房の鳴門か 音頭の瀬戸か 伊良湖度合いが恐ろしや」と船頭歌に歌われ、日本三海門の一つと言われる伊良湖水道で、昔から海の難所とされてきました。1908年(明治41)7月、軍艦「朝日」がここで接礁したのを期に、軍事上の要請と名古屋、四日市港の貿易振興上から航路標識の設置について建議されたのです。その結果、1909年(明治42)に灯台の建設が始まり、翌1910年(明治43)5月1日に初点灯しました。当時は灯台光源に、石油ランプを使うのが普通でしたが、ここでは自家発電による電気灯(尻屋埼に次ぐ第2号)を用い、32Wのタングステンフィラメントの白熱電球使用は日本初で、7千カンデラの光を出したとのことです。その後、1927年(昭和2年)10月に光源を500ワット電球,第4等フレネル式レンズに変更しています。また、建設当初は鉄造の灯台でしたが、1967年(昭和42)3月に鉄筋コンクリート造に改築されました。しかし、1994年(平成6)4月には自動化され、翌年には滞在業務も解消されて現在に至っています。小説「潮騒」が書かれた当時は、鉄造灯台で、光源は500ワット電球で第4等フレネル式レンズを使用していましたが、その様子も描かれています。また、ラストシーンで灯台内部に案内された新治と初江が眺望のすばらしさに感嘆しながらのやりとりはとても印象的でした。

 燈台長は燈台へ二人を案内した。油差やラムプや油の罐のあるアブラくさい一階には、発動発電機が轟音を立てて動いていたが、細い螺旋階を登りつめると、頂上の孤独な丸い小部屋に、燈台の光源がひっそりと往っていた。
 二人は窓から、その光が暗い波の立ちさわいでいる伊良湖水道を、右から左へ大きく茫漠と横切るのを見た。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
神島灯台 灯台から伊良湖水道を望む


(5) 監的哨跡<三重県鳥羽市>
 神島灯台から、遊歩道を進むと木製の階段となり、アップダウンしながら監的哨跡へと至ります。ここは、旧陸軍省が砲弾の着弾点を観測した施設で、小説「潮騒」では、主人公とヒロインがクライマックスを迎える場所であり、映画の情景を思い浮かべながら見学しました。コンクリート造の2階建となっており、屋上に上ることも出来て、眺めもすばらしいのです。おりしも、西に夕焼けが広がっていて、その幻想的な雰囲気に何十回もシャッターを切りました。現在では、監的哨跡は耐震補強を施され、文学碑や公園も整備され、2013年(平成25)6月2日に完成記念式典が行われています。

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 やがて松林の砂地のかなたに、三階建の鉄筋コンクリートの観的哨が見えだした。この白い廃墟は、周囲の人気のない自然の静寂の中に妖しく見えた。伊良湖崎の向こう側の小中山試射場から、討ち出される試射砲の着弾点を、二階のバルコニイで双眼鏡を目にあてている兵が確認する。室内の参謀が、どこへ落ちたか、と質問する。兵が答える。戦争中まではそういう生活がここでくりかえされ、宿営する兵士たちは、しらぬ間に減っている糧秣を、いつも狸の化物のせいにするのであった。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
監的哨跡 監的哨跡からの夕焼け


(6) ニワの浜<三重県鳥羽市>
 監的哨跡からさらに歩いていくと、神島小中学校のあるニワの浜へ出ますが、冷たい風が風が吹き抜けていました。切り立った石灰岩のカルスト地形が眼前にそびえ立ち、紺碧の海の広がりと共にとても美しい場所なのです。ここは、小説「潮騒」で海女が集まって漁をしていた所で、そのダイナミックな景色と共に印象に残りました。

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 歌島の海女は六月七月にもっとも働らいた。根拠地は弁天岬の東側のニワの浜である。
 その日も入梅前の、すでに初夏とはいえない烈しい日ざかりの浜に、焚火が焚かれ、煙が南風につれて王子の古墳のほうまで流れている。ニワの浜は小さな入江を抱き、入江はまっすぐに太平洋に臨んでいる。沖には夏雲が聳え立っている。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
ニワの浜 ニワの浜


(7) 神島の町並み<三重県鳥羽市>
 この島は、標高171mの灯明山を中心として島全体が山地となっていて、平坦地は少なく、漁港周辺の北側斜面に民家が密集していて、坂が多いのです。小説「潮騒」の中では、そんな町並みがいろいろな角度から描かれていて、とても興味深いのです。

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 深夜の一時二十分に彼は家を抜け出した。夜のことで波音は高くきこえたが、月がまことに明るかった。村はしんとしていた。外燈が埠頭に一つ、中央の坂道に二つ、山腹の泉のところに一つあった。連絡船のほかは漁船ばかりなので、港の夜を賑わす檣燈もなく、家々のあかりはすっかり消されていた。田舎の夜を重々しく見せるのは暗い厚い屋根のつらなりであるが、この漁村の屋根は瓦やトタンで葺かれていて、夜の茅葺屋根の威嚇するような重さはなかった。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
神島の町並み 集落の中の急坂


(8) 神島港<三重県鳥羽市>
 ここは,鳥羽とを結ぶ連絡船の唯一の発着場であり、小説「潮騒」の中では、島外から訪れる人や島外へ去る人との歓迎や別れの場として登場します。また、漁船の発着場ともなっていて、重要な場所でした。新治の弟が修学旅行へ行くときの見送りや帰って来た時の歓迎の様子もここを舞台に描かれていますし、燈台長の娘千代子が帰省したり、上京するときの場面もここでした。

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 新治の弟が島にかえった。母親たちは埠頭に立って息子を出迎える。細かい雨が降っていて沖は見えない。連絡船が靄の中から姿をあらわしたのは、埠頭の先百米のところである。母親は、口々に息子の名を呼んだ。船の甲板で打ち振られる帽子や手巾がはっきりしてきた。
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小説『潮騒』 三島由紀夫著より
朝の神島港 神島港へ入る定期船

この作品を読んでみたい方は、現在、新調文庫から『潮騒』<464円>が出版されています。

☆『潮騒』関連リンク集

◇鳥羽市の神島のホームページ 『潮騒』の舞台となっている神島の公式ホームページです。
◇三島由紀夫文学館 山梨県南都留郡山中湖村平野にある「三島由紀夫文学館」です。
◇Wikipediaの潮騒 (小説) 『フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「潮騒(小説)」のページです。
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