![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
文学の旅(11) 「伊豆の踊子」川端康成著 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]()
|
『伊豆の踊子』のルート | 大正7年川端康成の旅 | |
![]() |
10月30日 旧制第一高校寄宿舎発 ↓ 10月31日 修善寺温泉泊 ↓ 11月1、2日 湯ヶ島温泉「湯本館」泊 ↓ 徒歩で旧天城トンネルを越え 途中、旅芸人一座と道連れに ↓ 11月3、4日 湯ヶ野温泉「福田家」泊 ↓ 11月5日 下田「甲州屋」泊 ↓ 11月6日 下田港から船で東京へ帰る |
私は、今までに『伊豆の踊子』の足跡を訪ねる旅に何度か出ていますが、その中で心に残った所を6つ紹介します。
(1) 湯ヶ島温泉「湯本館」<静岡県伊豆市>
『伊豆の踊子』執筆の宿で、川端康成の定宿でした。小説の冒頭の部分で、「湯ヶ島の二日目の夜、宿屋へ流して来た。踊子が玄関の板敷で踊るのを、私は梯子段の中途に腰を下して一心に見ていた。」とあるのはこの旅館の入口の階段のことで、当時の建物のまま残されています。
|
![]() |
![]() |
湯ヶ島温泉「湯本館」の外観 | 湯ヶ島温泉「湯本館」の玄関 |
(2) 旧天城トンネル<静岡県伊豆市>
文中で雨宿りをした茶屋はこの近くにあったと言われています。今も、踊子が越えていったのと同じトンネルが残り、通り抜けることが出来、当時の状況を彷彿とさせる場所なのです。このトンネルは、1904年(明治37)、工期13年を費やして竣工した全長445.5m、幅4.1m、有効高3.15mの石造りのトンネルです。天城峠付近の標高約710m地点に穿たれていて、2001年(平成13)4月20日、国の重要文化財に指定されています。1970年(昭和45)に、下を走る国道414号線の新天城トンネルが開通するまでは、天城越えの主要交通路だったのです。今も、未舗装の曲がりくねった旧道が残され、旅の旅情をかき立ててくれます。ここを通る旧下田街道は、1986年(昭和61)8月に日本の道100選に選ばれました。
|
![]() |
![]() |
旧天城トンネル(静岡県伊豆市) |
(3) 湯ヶ野温泉「福田家」<静岡県賀茂郡河津町>
共同浴場で踊子が入浴していて、裸で手を振るのを見たのはこの旅館からです。玄関前に踊子像が、旅館脇に文学碑が立てられています。川端康成の部屋が当時と同じ状態で残され、関係資料も展示してあって、思い出深い宿です。
|
![]() |
![]() |
湯ヶ野温泉「福田家」(静岡県河津町) | 「福田家」川端康成宿泊の部屋(静岡県河津町) |
![]() |
![]() |
「伊豆の踊子」の像(静岡県河津町) | 「伊豆の踊子」文学碑(静岡県河津町) |
(4) 甲州屋<静岡県下田市>
小説では、踊子達一行が泊まった木賃宿「甲州屋」の様子が下記のように描かれています。主人公は、別の宿屋(山田旅館)に泊まることになりますが、夕食後にまた宿を訪ねて、活動写真を観に踊子を誘うものの、母親の許しがもらえず、一人で行くことになるのです。現在でも、建物は替わっていますが、今でも同じ場所に「甲州屋」は残っています。
|
![]() |
![]() |
下田の甲州屋(静岡県下田市) |
(5) 下田港<静岡県下田市>
小説では、主人公がここから船で東京に帰るため、踊子との別れがありました。当時とは、港の様子も変わってしまいましたが、当時の桟橋跡の表示がありました。港からの遠景はあまり変わっていないようにも思え、別離の場面を想像してみました。
|
![]() |
![]() |
下田港の当時の桟橋跡(静岡県下田市) |
(6) 伊豆大島の波浮の港<東京都大島町>
踊子たち旅芸人一座の出身地で、小説では、以下のように紹介されています。伊豆大島の波浮の港には、踊子「薫」のモデルになった女性が、踊っていたという旧港屋旅館が資料館として残されていました。館内には、その当時の様子を再現した人形や関係資料が展示してあり、周辺は「踊子の里」として整備されています。
|
![]() |
![]() |
旧港屋旅館(東京都大島町) | 旧港屋旅館座敷(東京都大島町) |
この作品を読んでみたい方は、現在簡単に手に入るものとして、『伊豆の踊子』(川端康成著)が岩波文庫<460円>、新潮文庫<391円>、角川文庫<391円>他から出版されています。 |
所在地 | 位置 | 名称 | 碑文 | 建立日 |
静岡県天城湯ヶ島町 | 浄蓮の滝入口 | 伊豆の踊子像 | ||
静岡県天城湯ヶ島町 | 旧街道脇 | 伊豆の踊子文学碑 | 道がつづら折りになっていよいよ天城峠が近づいたと思うころ雨足が杉の密林を白く染めながらすさまじい早さで麓からわたしを追って来た。 | 1981年5月1日 |
静岡県河津町湯ヶ野 | 初景滝前 | 「踊り子と私」ブロンズ像 | ||
静岡県河津町湯ヶ野 | 「福田家」の隣 | 「伊豆の踊子」をしのぶ文学碑 | 湯ヶ野までは河津川の渓谷に沿うて三里餘りの下りだった。峠を越えてからは、山や空の色までが南國らしく感じられた。私と男とは絶えず話し續けて、すっかり親しくなった。萩乘や梨本などの小さな村里を過ぎて、湯ヶ野の藁屋根が麓に見えるやうになった頃、私は下田まで一緒に旅をしたいと言った。彼は大変喜んだ。 | 1965年11月12日 |
静岡県河津町湯ヶ野 | 「福田家」の前 | 伊豆の踊子ブロンズ像 | ||
静岡県河津町湯ヶ野 | 湯ヶ野駐車場入口 | 伊豆の踊子像 |
◇茨木市立川端康成文学館 | 幼児期から旧制中学校卒業期まで過ごした大阪府茨木市の川端康成文学館の説明です。 |
◇検証「伊豆の踊子」の旅 | 「伊豆の踊子」の旅のコースをたどりながら検証した力作のホームページです。 |
◇「伊豆の踊子」紀行 | 天城ハイキングガイドの中のページで、旧天城トンネル、湯ヶ野、下田、下田港に分けて解説しています。 |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
このページの先頭へ |
![]() |
旅と文学へ戻る |
プロフィール | |
![]() |
新着情報 |
![]() |
ホームページへ戻る |
*ご意見、ご要望のある方は右記までメールを下さい。よろしくね! gauss@js3.so-net.ne.jp