秘湯の旅日記(21)矢巾温泉・花巻温泉郷(岩手県) |
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*1998年5月4日(月) 盛岡市→矢巾温泉 盛岡市内に入ってからはひどく渋滞し、バスは30分近くの遅延となって、やっと盛岡バスセンターに到着した。ここからは17時15分発の矢巾温泉行きのバスに乗り継ぐのだが、そのわずかの待ち時間に腕時計の電池を交換することにした。昨日から時計が止まってしまい、不便で仕方がないのだが...。幸いにして、バスセンター内に時計屋があり、「5分で電池交換します」の看板。急いで、駆け込んで電池交換を頼んだが、手際よくやってくれて、なんとか出発時間に間に合うことができた。市街を順調に抜けて、走るバスに乗客は数人、それもどんどん途中下車していき、最後の方は私一人となってしまった。どうやら、この辺では温泉行きの交通手段として、乗り合いバスは使われていないようだ。盛岡盆地から北上山地へ入る山際にバスは終着し、そこに数軒の温泉宿があった。少し歩いて、今日の宿「大楽荘」にはちょうど18時にたどり着いた。 ・中規模の純和風旅館「大楽荘」 私はこういう旅館が好きだ。大きからず、小さからず中規模の純和風旅館で、女将の応対も親切ていねいで、心地よく、落ち着ける感じがする。しかも、温泉街も小さく、けばけばしい大規模なホテルもなく、緑豊かな南昌山麓にあって静かだ。ゴールデンウィークだというのに、前日に予約が取れるくらい空いていて、人がざわついていることもない。なんだか、温泉に湯治に来たなあという感じがしみじみとしてくるのだ。部屋に入って、さっそくお湯に入りに行ったが、大浴場は広くて、明るい感じで、とても清潔にしてある。こんな浴槽に一人で入っていてはもったいないと思うぐらいなのだ。湯加減もちょうど良く、湯もふんだんに注ぎ込まれている。泉質はラジウムを含有し、無色澄明のやわらかな湯で、とても入りやすい。こういう温泉はのんびりと浸かっているのが良い。一日の疲れが抜けていくような感じがしてくる。しかし、今日は早朝の玉川温泉の岩盤浴に始まり、トロコ温泉や後生掛温泉の露天風呂や共同浴場など多種多彩に6回も入浴したことになる。その締めくくりが、こういう落ち着いた温泉だということはとても幸せに感じるのだ。ゆっくり浴場で時間を費やし、部屋に戻って、すぐに夕食となった。部屋食で、一人お酒を飲みながらゆっくりと過ごすのも悪くない。今日の一日がとてもめまぐるしいものだっただけに....。後は、テレビを見ながら横になって早めに寝てしまった。
☆矢巾温泉「大楽荘」に泊まる。<1泊2食付 6,975円(込込)>
*1998年5月5日(火) 矢巾温泉→鉛温泉→台温泉→花巻温泉→帰途へ ・朝の散歩でぬさかけの滝へ出かける 今朝は6時過ぎに目が覚め、とても快調だ。6時半頃から朝の散歩に出かけることにした。例によって、首から一眼レフのカメラ(ニコンFA)をぶら下げ、あてもなく歩きながら気に入った自然や風景にシャッターを切るのだ。温泉街は数軒の旅館と若干の飲食店があるだけで、静かなもので、すぐに通り過ぎて、山中に入っていった。少し、森の中を歩くと、幣懸(ぬさかけ)の滝がある。規模はあまり大きくないが、なかなかきれいな滝だ。紅葉の頃はさぞかしみごとなものだろうと思いながら、シャッターを切った。脇の遊歩道を少し上って、上の方から眺めてみたが、これもなかなか良い。こういう散歩道があるのも、温泉巡りの楽しみの一つなのだ。温泉湯治の効用の中に転地効果というのがあるが、日常生活から離れて、自然の中で、新鮮な空気を吸い、緑に包まれた静かな環境の中にいるだけで、自ずから健康になれるというものだ。そういう点では、この温泉はうってつけだ、大きなビルもなく、静かで落ち着いた環境にあるのだから...。そんなことを考えながら、気の向くままに、渓谷や植物の写真を何枚か撮って、宿に戻ってきた。その後、また温泉に入って、すっきりして、朝食をとった。
・南花巻温泉郷へ向かう 朝のバスは7時台の次は10時台までなかったので、女将さんに最寄りのバス営業所まで送ってもらうことにした。そこまでいけば゛本数も多いという。はたして、9時少し過ぎの盛岡バスセンター行きに乗ることができた。そのバスを飯岡駅口の停留所で降りて、岩手飯岡駅よりJR東北本線で花巻に向かうことにした。花巻かいわいにはなかなかいい温泉があると聞いていたし、以前その中の大沢温泉の川沿いの露天風呂には2度ほど入浴したことがあって、思い出もある。今回はどの温泉に行こうかと思案したが、花巻駅の観光案内所で色々パンフレットをもらいながら聞いてみたら、南花巻温泉郷方面の新鉛温泉行きバスがまもなく出るとのことで、それに乗ることにした。かつては花巻電鉄の馬面電車(ハーモニカ電車)の愛称で親しまれた、かわいらしい幅の狭い車両が走っていた所で、その旧軌道に沿ってバスは走っているはずだ。沿道には色とりどりの花が咲き乱れ、天候も良く、バスはさわやかな風を受けて山の方へ分け入っていく。その路線に順次、松倉、志戸平、渡り、大沢、、山の神、高倉山、鉛、新鉛の各温泉が出現してくるのだ。色々考えた末、今回は鉛温泉「藤三旅館」の白猿の湯に立ち寄ってみることにした。 バスは35分ほどで鉛温泉の停留所に到着し、少し下っていった渓谷沿いにその堂々たる木造3階建があった。玄関も時代を感じさせ、黒光りしている。入浴料500円を払って、さっそく浴場へと向かうことにした。教えられたように長い廊下を渡って、湯治棟の方へ歩いていくと建物はいっそう古びてきて、昔の映画にでも出てきそうな風情がある。白猿の湯はそこから長い階段を下りていった地階にある。しかし、地下から2階部分まで吹き抜けになっているので、上からのぞいてみると大きなホールの底に楕円形の湯船があって、裸の男女が入浴している様子が手に取るように見えるのだ。それは、実に不思議な光景で、なにか、時代劇のワンシーンが演じられているかのような錯覚を起こさせる。下に降りる階段も舞台に参加するために一段一段を踏みしめていくといった感がある。その階段を下りきったところに脱衣場があるが、ついたても何もなく入浴者からはまる見えだ。しかし、さも当然といった感じで男も女も脱衣している。まあ、年輩の常連といった方ばかりではあるが...。私も、さっそく服を脱いで浴槽に入ったが、これがとてつもなく深い、ガイドブックによると深さ1.25mもあって、日本一深い浴槽だという。ほんとうに小さなプールといった感じで、立ったままで肩近くまで浸かってしまい、充分に泳ぐことも可能だ。しかし、プールと違うのは天然に底から湯が沸き出していることだ。この浴槽、今では建物の中に取り込まれているが、昔は河原にあったとか...。自然の湧出場所そのものに作られているとのことだ。浴槽の中を移動するには、水泳の立ち泳ぎのような格好をしなければならず、なんともおかしな感じがする。立ったままで入浴すると血行が良くなって、効能があるというのだが...。ところで、田宮虎彦がこの旅館に泊まって、小説『銀心中』を執筆したことが知られているが、その中に白猿の湯のことも次のように描かれている「湯殿は地階にある。湯は、湯宿のすぐうらを流れている霧生川(注:豊沢川のこと)の、もとは川底であったという。自然の岩だたみがそのまま残されていて、透きとおった湯がこんこんと湧き出していた」と、今もその当時とほとんど変わっていないのだ。この不思議な浴槽にのんびりと浸かっていると、ほんとうに疲れがとれていくような気がする。同じ様に入浴していたお年寄りと話してみたが、いつも湯治に来ている方のようで、とても効き目があるとのことだった。この旅館には他にも男女別の立派な浴槽「龍宮の湯」「アトミック風呂」などがあると聞いたが、この湯だけで満足し、それらには入らないで出てきてしまった。周辺を眺めてみると、旅館のすぐ脇を豊沢川が流れ、新緑が美しい。幾筋か滝のように流れ落ちている水流も見られる。とてものどかな風景なのだ。ほんとうにこの温泉に来て良かったと思いながら、バス停へと戻っていった。 ★鉛温泉「藤三旅館」に入浴する。<入浴料 500円>
再び、花巻駅へと帰り、昼食でもと思ったが、駅前でバス時刻を見てみると、すぐに花巻温泉郷方面の台温泉行きがあったので、温泉地に着いてから食堂を探すことにして、ひとまずバスに乗り込んだ。こちらも昔は花巻電鉄が走っていたのだが、旧軌道とバス路線とは必ずしも平行してなくて、時々交差しては離れたり、くっついたりして、花巻温泉に向かっている。車窓から、花の咲き乱れる沿道を眺めながら、旧軌道を目で追いかけ、ここに駅があったのかと想像してみるのも楽しみなのだ。そうこうしているうちに花巻温泉に到着し、他の乗客は皆降りてしまったが、私は、一人終点の台温泉まで乗り続けることにした。ここからは、山間の渓谷沿いにバスは走って、細長い温泉街の入り口に到着した。山間の狭隘な地形の中に縦に連なって温泉街が形成されている。さっき通過してきた花巻温泉の華やかさとは裏腹に鄙びた感じが全体に漂っている。昔ながらの湯治宿といった風情の建物も残っていて、私の好みにはあっているのだが...。さて、ぶらぶと歩きながら、食堂を見つけようとしたが、それらしい建物がない。スナックみたいな店はあるのだが、この時間からやっているはずはないし、はたと困ってしまった。まあ、さきに温泉に入って、そこで聞いてみるかと、思い直し、入浴させてくれそうな旅館を探していると、中嶋旅館という古めかしく、どっしりとした木造3階建てを見つけた。ここは、外来入浴させてくれるとパンフレットにあったので、さっそく、玄関で人を呼んでみた。建物内はしんとして、誰もいないような雰囲気だったが、奥の方から主人らしい中年の男性が出てきたので、入浴料600円を払って入れてもらうことにした。ここの大浴場は変わっている、下に降りていった薄暗い洞窟のような場所に、ギリシャのパルテノン神殿のような柱の立った、岩風呂「瑞岩の湯」がある。静けさの中に一人で入浴するには、不気味な感じがするほどで、洗面器の音が異様に響く。湯船の中に浸かっていると、なんか別世界に封じ込められているような気分になってくる、こういう浴場は大勢で入浴するところなのだ。上がってきて、旅館の人にどこか食事をするところはないかたずねてみたが、飲み屋のような所しかなく、昼間はやっていないとのこと。これだけの旅館街があるのに食堂が一軒もないとは...。確かにこの時間の人通りは少なく、商売が成り立たないのかも知れない。昔ながらの旅館街は寂れているところが多いと聞く。各地で、旅館が観光化大型化し、その中に飲み屋や食堂、みやげ物屋も取り込んでしまったため、商店街が廃れてしまったとのこと。なんだか、さびしい感じもするが、それはそれとして、とにかく腹が減って困った。仕方がないので、再び歩いて、バス停まで戻ったが、次の便の出発までかなりの時間があった。
もうこうなったら、下り坂を良いことにぶらぶらと徒歩で、バス道を下りて行くしかない。そういう時に結構新たな発見があるものなのだが...、空腹なのだけはまいった。そんなわけで、歩き始めたのだが、途中に古めかしい神社があって、手水場の湧き水をペットボトルに汲んでいる人に出会った。こういう所にも天然の良水があるのかと、興味を持ってその神社に立ち寄ってみた。境内には出羽三山信仰に関わる石造物が目に付く、昔ながらの社殿に参拝して、一休みした。再び、道を下って、とうとう花巻温泉まで歩いてしまった。もう腹ぺこ、さっそく食堂を見つけて飛び込み、岩手名物の冷メンを注文した。しかし、この温泉は6つほどの宿泊施設があるが、すべて同じ会社の経営で、大正時代に計画的に作られた、レジャーランドなのだ。建物も近代的で、家族連れや団体客など多くの人で賑わっている。先刻までいた台温泉とは好対照だ。腹を満たしたら、不思議なことにまた温泉に入りたくなってきた、この温泉街の一角に「蓬莱の湯」という入浴料250円で入れる銭湯のようなところがあると聞いている。さっそく、探して行ってみたら、大きな「ホテル花巻」の地階フロアーに暖簾がかかっていて、そこが、共同浴場だと知れた。中に入って、温泉の掲示証を見てみると、源泉は花巻温泉(混合泉)となっている、この花巻温泉が開湯したときは台温泉からの引湯だったと聞いているので、その後自前の源泉をいくつか持つようになり、それをブレンドしたのがこの温泉ということなのだろう。泉質は単純温泉(弱アルカリ性)で入り心地はとてもマイルドだ。ここで、今回の温泉巡りの打ち止めになるということで、この3日間、乳頭温泉郷に始まって入った9湯の感触を思い起こしながら、最後の湯をじっくり味わった。しかし、岩手県と秋田県の山中には色々な温泉場があって、ほんとうに温泉を堪能させてくれた。 ★花巻温泉大衆浴場「蓬莱の湯」に入浴する。<入浴料 250円>
・帰途に着く 入浴後の心地よい気分のまま、新幹線の新花巻駅行きの直通バスに乗ったが、またしても乗客は私一人だ。このあたりでは、行楽のための足はほとんどマイカーに奪われてしまっているらしい。後は、東北新幹線「やまびこ」号に乗って、関東へと戻っていった。 |
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